現代の建物の衛生基準や設備基準は、近代19世紀から20世紀前半に人口と建築が集中した都市で蔓延した結核やコレラなど、空気や水からの感染症の感染防止対策として定められたものです。
特に近代の病院建築の歴史は衛生、感染管理の歴史と言えます。近代看護理念と看護システムの創始とされるフローレンス・ナイチンゲールが提唱した「ナイチンゲール病棟(1871年)」は、清潔不潔の区分を明確にしたプラン、病棟の気積の確保、適正なベッド間隔、換気と採光の窓を各ベッドに配置など、当時の感染対策の基本を作り上げました。
出典:ナイチンゲール病棟_「ディテール」㈱彰国社 2020
20世紀の建築家を代表するアルヴァ・アアルトが設計した結核療養所「パイミオのサナトリウム(1928-33)」の南に面して並ぶ病室と外気浴バルコニーが連続する病棟は、抗生物質の発見以前の効果的な結核治療法とされた新鮮な空気、日光、よい衛生状態と休息の療養環境を建築化し、病棟と分離してサービス棟を配置して患者からできるだけ距離を取って療養所内での感染防止を図る建物の構成は、近代結核療養所のモデルとなり、戦後の日本の結核療養所建築にも取り入れられました。
出典:パイミオ サナトリウム_「アルヴァ・アアルト もう一つの自然」㈱国書刊行会 2018
現在の医療施設の衛生、換気設備はより機械化されていますが、感染対策の基本が感染者エリアと非感染者(医療者、他の患者)エリアの分離であることは変わりません。
感染症治療の専門病院、「感染指定病院」では建物内で感染症診療と一般診療の交差を避けるゾーニングがされ、感染患者専用入口を設けて感染患者の移動経路と診療エリアは一般患者の出入口、待合、診察室、病棟とは分離されています。感染症処置室と病室は陰圧管理が行われ、ウイルスの室外流出を防止し、感染対策を徹底しています。
一方、一般の病院や診療所では、感染患者専用出入口、診察、処置室を設けている施設は一部で、多くの医療施設は感染患者と一般患者が建物内で交差する状態にあります。これまでも季節性インフルエンザなど施設内感染の問題が指摘されていたところに、新型コロナウイルス感染拡大により複数の病院で院内感染が発生する事態となりました。